同じ業界で副業をしたら、それだけで就業規則違反になるのでしょうか。
そうとは限りません。厚生労働省のガイドラインは、会社の正当な利益が侵害されないなら「同一の業種・職種であっても、副業・兼業を認めるべき場合も考えられる」と書いています。1問われるのは業界の名前より、本業の顧客を奪うか、会社の秘密を使うか。
会社が止められるのは、利益を害するとき
会社のかばんは玄関に残し、自分の道具だけで出かけるイラスト: 編集部が画像生成AIで作成したイメージ(YOBITSUGI AI・OpenAI gpt-image-2.5-sunburst)
出発点は、働いていない時間の使い方は「基本的には労働者の自由」という裁判例の考え方です。2会社が止められるのは、たとえば本業に差し支えるとき、秘密が漏れるとき、競業で利益を害されるとき、名誉や信用を傷つけるとき。モデル就業規則も、副業の条に「企業秘密が漏洩する場合」「競業により、企業の利益を害する場合」を並べました。3規則のどこを読むかは副業の就業規則の確認で説明しました。
競業の話は、在職中と退職後で重さがまったく違います。
在職中は、規則に書いていなくても、会社と競合する仕事をしない義務を負うと解されています。労働契約に付いてくる「付随義務」で、労働契約法の信義誠実の原則から導かれます。4競業を禁じる規定がなかった会社の事案でも、裁判所は「使用者の利益に著しく反する競業行為を差し控える義務」があるとしました。5
退職後は話が変わります。職業選択の自由があるので、この義務は限定的に解され、規則や特約といった根拠が別に要るという理解が一般的です。6経済産業省の資料では、期間が1年以内で、範囲を職種などに絞り、代償措置(手当など)があるものは有効の可能性が高いとされました。2年を超える期間や抽象的な禁止は、その逆です。7
前の会社を辞めるときに誓約書を書いた人は、読み返してみてください。同じ業界で副業をするなら、その期間がまだ続いているかもしれません。
問題になりやすい順に並べると
7つの場面を1枚にしました。順番は公的な資料にある裁判例とガイドラインをもとにした編集部の整理で、許されるかどうかの判定ではありません。8同じ場面でも、就業規則や誓約書、個別の事情で位置は動きます。
副業の7つの場面を、問題になりやすい順に並べた図作成: 編集部 / 出典: 厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」わかりやすい解説ほか
1行目に本業の顧客への営業を置いたのは、会社の売上を直接奪う形になりやすいからです。図の事案は広告デザインの社員で、個人でチラシの仕事を受け、会社の機器を使い、会社の仕事に見える名前まで使っていました。解雇には合理的な理由があるとされました。ただ、会社が求めた損害賠償は、損害の証拠がないとして認められていません。5
迷うのは4行目と5行目、同業他社で働く場面でしょう。
厚生労働省のパンフレットは、会社の利益を害するおそれがあるかは「労働者の職種や地位等」も見て判断し、労使で納得できる結論にするのが望ましいと書いています。9同じ週末のアルバイトでも、営業部長と入社2年目の事務では、会社から見える景色が違うはずです。だから自分の場合は、図の下の「動く事情」から見ると考えやすくなります。
「身についた力」と「会社の秘密」の境目
本業で覚えた見積の組み立て方を、副業で使ってはいけないのでしょうか。
公的な研究機関の雑誌に載った論文は、仕事で得た一般的な知識や技能は守秘義務の対象にならないと整理しました。10ただ、どこまでが「一般的」かは、事案によって変わります。
見分けるなら、会社名と数字を抜いても話が通じるかを試してみてください。たとえば「法人の見積は、原価と納期を先に確認する」なら通じます。「A社向けの掛け率は○%」は、抜いたら何も残りません。
一方で、法律がいちばん重く守るのが不正競争防止法の営業秘密です。秘密として管理され、事業に役立ち、公然と知られていない。この3つがそろった情報で、経済産業省の資料は顧客名簿や設計図面を例に挙げます。11不正の利益を得る目的や、会社に損害を加える目的で使ったり漏らしたりすれば、差止めや損害賠償のほか、10年以下の拘禁刑や2,000万円以下の罰金の対象にもなりえます。12
とはいえ、3つがそろわないから話してよい、とはなりません。モデル就業規則の遵守事項は「業務上知り得た会社、取引先等の機密」という言葉で、在職中も退職後も対象にしました。13先ほどの論文も、契約上の守秘義務は営業秘密より広く、社員が自分で開発したノウハウも対象になりうるとしました。
身についた知識や技能と、会社の秘密、営業秘密の範囲を分けた図作成: 編集部 / 出典: 不正競争防止法、厚生労働省「モデル就業規則」ほか
うっかり出やすいのは、実績を語るとき
持ち出すつもりがなくても、副業を始めると自分の経験を語る場面が増えますよね。同じ経験でも、書き方しだいで中身が変わります(例は架空です)。
ポートフォリオ
そのまま○○商事の営業事務として、△△社向けの見積(単価1,240円)を担当
書き換え商社の営業事務として、法人向けの見積作成を5年担当
ブログやSNS
そのまま来月うちの会社が出す新商品の資料を作っていて気づいたこと
書き換え新商品の資料を作るときに、いつも最初に決めていること
セミナー
そのまま実際の社内資料を1枚お見せします。A社の受注率は30%でした
書き換え自分で作り直した架空の例で説明します。考え方は同じです
ポートフォリオに本業の制作物を載せるなら、著作権も見ておきたいところです。会社の発意で仕事として作り、会社の名義で公表するものは、別の定めがなければ会社が著作者になります。14
会社のPCや資料の流用は、いちばん説明がつきにくい形です。チラシの事案でも、会社の機器で個人の営業の連絡をしていたことが判断の材料になりました。副業の連絡に会社のメールを使わない、本業のひな形をコピーしない。この2つを最初に決めておきます。社外の生成AIに本業の資料を貼るのも、会社の情報を外に渡すことになります。詳しくは生成AIに入力してはいけない情報へ。
逆の向きも忘れがちです。ガイドラインは、副業先の秘密が本業の会社で漏れる場合も、問題になりうる例に挙げました。15副業先で聞いた価格を、本業の会議で「そういえば」と話してしまう。そんな場面も線の上にあります。
4つの書類を開く手順
- 就業規則を開き、副業の条と「機密」「競業」の言葉を探す
- 入社のときと、前の会社を辞めたときの誓約書を探す
- 雇用契約書か労働条件通知書で、兼業の定めを見る
- 副業先との契約書で、競業と秘密の条項を読む
見落としやすいのは2つ目です。控えがなければ、人事に聞いてかまいません。これから誓約書を求められたときも、大阪府の解説によると、すぐに応じる義務はなく、丁寧な説明と納得による合意が必要とのことです。164つ目は業務委託契約書の確認で説明しました。
人事には、結論を求める前に事実を渡すと話が早く進みます。文例は編集部の例で、○の部分を書き換えて使えます。
同業に近い副業で話がかみ合わないときや、誓約書の文言で迷うときは、弁護士に相談するのが近道です。有効かどうかは、最終的には裁判所が事案ごとに判断するからです。6社内で聞きにくいなら、労働局などの総合労働相談コーナーでも聞けます。
届出を受ける側は、まず中身を聞く
同業と書かれた届出を見ると、つい断りたくなるかもしれません。でも、モデル就業規則の解説は、規定を拡大解釈して必要以上に制限しないよう求めました。相談や自己申告を理由に不利益に扱うこともできません。届出なしで始めていたと分かったときも、まず届出を求めて確認するのが望ましい、という考え方です。17
聞くのは副業先の事業内容と受け持つ業務です。18そこに、担当の顧客が重なるかと、本業で使う情報や機器を持ち込むかを足すと、図のどのあたりかが見えてきます。認めるなら「担当の顧客とは取引しない」のように、条件を具体的に伝えると本人も守りやすいでしょう。ガイドラインも、競業や秘密の範囲を本人に伝えて注意を促す対応を挙げています。19
説明できる副業は、長く続けられる
人事に話す前に、2行だけ書いてみてください。「本業の顧客は相手にしない」「本業の資料と機器は使わない」。言い切れないところが見つかったら、それが最初に聞く1行です。
秘密の線を自分の言葉で説明できると、転職の面接で実績を語るときも、後輩に仕事を教えるときも、言葉に迷いにくくなります。
2026年10月31日時点の法令と、厚生労働省や公的機関の資料で確認しました。個別の判断は弁護士に、副業の税金は税務署や市区町村に確認してください。