冬の朝、会社の敷地でいちばん滑りやすいのはどこでしょうか。
厚生労働省は、令和4年(2022年)に起きた労働災害を、1件ずつ記録にして公開しています。編集部で数えると、雪や凍結がからむ転倒の文にいちばんよく出てくる場所は駐車場でした。時間で見ると、朝7時から10時までの3時間に4割強が集まります。1
車を降りて、通用口や玄関まで歩く数十メートル。冬の転倒は、この出勤どきの短い道から手を打っていくと、順番が見えてきます。
冬に増える転倒は、ほぼ雪と凍結の分
令和4年に、仕事中のけがで4日以上休んだ人の記録は132,355件。そのうち転倒は35,295件で、事故の型ではいちばん多い数です。記録は「職場のあんぜんサイト」にExcelで置かれていて、この年の分だけは抜き出しをせず、全件が入っています。月や時刻のほか、何が起きたかを書いた短い文まで読めるのが、このデータのよいところ。
月ごとに並べると、1月だけが4,524件と飛び抜けて多くなります。4月から11月の平均はおよそ2,656件なので、その1.7倍です。
では、増えた分は何なのでしょう。
記録の文に「雪」「凍結」「積雪」などの言葉がある転倒を数えると、1月は1,798件でした。これを引くと、1月の転倒は2,726件。雪のない季節の月と、ほとんど変わりません。つまり、冬に増える転倒は、ほぼそのまま雪と凍結の分だと読めます。
1年を通すと、雪や凍結がからむ転倒は3,567件。うち3,249件、9割が12月から2月の3か月に起きていました。年間の数字や業種ごとのちがいは、労働災害の発生状況で詳しく読めます。
冬に増える転倒は、ほぼ雪と凍結の分。月ごとの件数と、地域ごとの割合(令和4年)作成: 編集部 / 出典: 厚生労働省 職場のあんぜんサイト「労働災害(死傷)データベース」、気象庁
地域による差も大きく、青森では1年に起きた転倒の42.2%に雪や凍結がからんでいました。
| 地域 |
転倒の件数 |
雪や凍結がからむ転倒 |
割合 |
| 青森 |
547件 |
231件 |
42.2% |
| 岩手 |
473件 |
186件 |
39.3% |
| 山形 |
441件 |
166件 |
37.6% |
| 秋田 |
373件 |
131件 |
35.1% |
| 長野 |
745件 |
225件 |
30.2% |
| 北海道 |
2,280件 |
666件 |
29.2% |
| 東京 |
2,884件 |
200件 |
6.9% |
| 大阪 |
2,249件 |
24件 |
1.1% |
| 全国 |
35,295件 |
3,567件 |
10.1% |
雪国では、この増え方がひと冬続きます。青森労働局によると、令和6年度に青森県内で転んで4日以上休んだ人は、12月が69人、1月が91人、2月が79人。雪のない4月から10月は、月に18〜26人でした。2
雪の少ない地域は、1回の雪で跳ねる
東京の割合は6.9%と低めです。ところが、200件のうち177件は1月に集まっていました。気象庁の記録では、その月の6日に都心で10センチの雪が積もり、次の日の最低気温は氷点下3.5度でした。31月に東京で起きた転倒は395件で、4月から12月の208〜266件を大きく上回ります。
東京労働局がまとめた令和6年の数字でも、都内の転倒がいちばん多かったのは、大雪が降った2月の324人でした。4
雪に慣れていない地域ほど、年に1〜2回の雪の朝に、転倒がまとめて起きる。「うちは雪が少ないから」と思いがちですが、そういう会社こそ、その1回に備えておく意味がありそうです。
多いのは、朝7〜10時の駐車場と出入口
雪の翌朝、駐車場から玄関まで、凍った場所を見ながら歩くイラスト: 編集部が画像生成AIで作成したイメージ(YOBITSUGI AI・OpenAI gpt-image-2.5-sunburst)
雪や凍結がからむ転倒3,567件を時刻で分けると、8時台が650件でいちばん多く、7時台の483件、9時台の362件と続きます。7時から10時の3時間で41.9%。転倒全体では同じ3時間が23.0%ですから、雪の日の転倒は朝にぐっと寄っているのです。
雪や凍結の転倒が起きた時刻と、記録の文に出てくる場所(令和4年)作成: 編集部 / 出典: 厚生労働省 職場のあんぜんサイト、大館労働基準監督署、秋田労働局
記録の文に出てくる場所を拾うと、駐車場が832件でいちばん多く、配達や訪問の先、出入口や玄関が続きます。1件の文に場所の言葉が2つ入ることもあるので、足しても件数とは合いません。
| 文に出てくる場所 |
件数 |
3,567件に占める割合 |
| 駐車場 |
832件 |
23.3% |
| 配達や訪問の先 |
418件 |
11.7% |
| 出入口、玄関 |
399件 |
11.2% |
| 除雪の作業中 |
328件 |
9.2% |
| 敷地内、構内 |
293件 |
8.2% |
| 歩道、道路 |
286件 |
8.0% |
| 通路 |
121件 |
3.4% |
| 階段 |
120件 |
3.4% |
| スロープ |
65件 |
1.8% |
意外なのは、通路や階段より、駐車場と出入口のほうがずっと多いこと。記録には「出勤時に車から降りて店舗搬入口へ向かう途中、凍結した路面で滑って転倒」のような文が、いくつも並びます。駐車場から事務所へ向かう下り坂で、凍った路面に雪が積もっていて滑った、という例もありました。
地域ごとの数字も、同じ向きを指しています。秋田県の大館労働基準監督署がまとめた令和2年から6年の分では、雪や凍結で転んだ場所は駐車場が31.9%で、敷地の中の通路や作業する場所が26.5%。転倒全体を時間帯で見ても、9時台と8時台が多めでした。5
秋田労働局は、冷え込みとの関係も数字にしました。12月から2月に低温注意報が出た日のうち、外で雪や凍結による転倒が起きた日は79.2%。出ていない日は48.6%で、約1.6倍です。6
転んだ人の7割強は50歳以上で、1か月以上休む人が6割。どちらも転倒全体とほぼ同じです。違うのは男女の割合でした。転倒全体では女性が59.3%を占めますが、雪や凍結がからむ転倒では男性が55.0%と多くなります。運送や配達、雪かきのように、外を歩く仕事の人が多いせいかもしれません。
玄関とスロープは、前の晩と始業前に手を打つ
会社には、作業場へ通じる場所に安全な通路を設けて、いつでも使えるようにしておく義務があります。通路は明るくし、屋内の通路の面は、つまずいたり滑ったりしない状態に保つ決まりです。7駐車場から通用口までの道も、社員が毎朝通る通路として見ておくと、冬にやることが決めやすくなります。
年齢の高い社員への気配りも、今年から一段はっきりしました。法律が改められて、高年齢者の労働災害を防ぐ措置が会社の努力義務になり、2026年4月からは国の指針も適用されているのです。8指針には、通路を明るく保つ、明るさが急に変わる場所をなくす、滑りやすい床や通路に滑りにくい素材を使う、といった例があります。
冬は、出勤の時刻でもまだ外が暗い日が多いですよね。暗い駐車場から明るい玄関に入る、その境目は足元が見えにくいところです。
このうち、靴の裏の雪や水を落とすこと、屋内の通路の温風機、危険マップ、滑りにくい靴、外の通路や駐車場の雪かきと融雪剤は、東京労働局がリーフレットで勧める対策です。4法令で一つずつ決まっているわけではありません。建物の造りや、出勤してくる人の数に合わせて、効きそうなものから選べば十分です。
朝礼のひと言は、その朝の天気で変える
毎朝「足元に気をつけて」と言っても、3日目には聞き流されてしまいますよね。
伝わりやすいのは、今朝どこが、なぜ滑るのかを一つだけ言うことです。低温注意報や大雪の注意報が出た日を合図にすれば、言う日と言わない日のメリハリもつきます。歩き方なら、秋田労働局のリーフレットにある「小幅で歩行」「少し前傾姿勢」、青森労働局の「足の裏全体から着地」が、そのまま使える言葉です。6
ここからの文例は編集部が考えたものです。会社の場所の名前に置き換えて使ってください。
「遅れそうなときは走らず」の一文には、わけがあります。始業に間に合わせようと、凍った道を急いで走る。そんな場面を、連絡の決まりで一つ減らせるからです。
現場の朝礼で読み上げる点検表は、建設現場の冬の記事にまとめてあります。
ヒートショックは、寒い部屋を減らすところから
ヒートショックという言葉は、職場の安全衛生の土台になる法律と、2つの規則の本文には出てきません。高年齢者の指針にも、暑さへの手当てはあっても、寒さの項目はありませんでした。9
国が注意を呼びかけるのは、主に家でのお風呂です。政府広報オンラインによると、令和5年に浴槽で溺れて亡くなった高齢者は6,541人で、交通事故で亡くなった2,116人のおよそ3倍でした。暖かい部屋から冷えた脱衣所に移って服を脱ぐと、血圧が上がる。湯につかると、今度は下がる。この急な変化で一時的に意識を失い、事故につながることがある、と政府広報は説明します。10
職場で同じことがどれだけ起きているかを示す資料は、見つかりませんでした。でも、暖房の効いた事務所と、冷えた更衣室やトイレ、早朝の屋外を行き来する場面は、冬の職場にもいくつもありますよね。
では、労務の担当者に何ができるか。室温の決まりの延長で、寒い部屋を一つずつ減らしていくことです。事務所衛生基準規則では、部屋が10度以下なら、暖房などで手を打つことが義務です。空調のある部屋は、18〜28度に保つよう努めます。寒さで体を悪くするおそれのある屋内の作業場なら、暖房などで温度を調節することも要ります。11測り方は、オフィスの寒さ対策の記事にくわしく書きました。
まずは更衣室とトイレ、休憩室に温度計を置いて、事務所とどれくらい違うかを、朝に一度見てみてください。寮や宿直室に浴室がある職場なら、政府広報がすすめる入り方を脱衣所に貼っておくのも手です。脱衣所と浴室を先に暖める、湯は41度以下で10分までを目安にする、食後すぐや飲酒後、薬を飲んだあとは避ける、の3つ。持病がなく前兆がない人でも入浴中の事故は起こりうる、と消費者庁も注意を呼びかけます。12
敷地の中か外かで、労災の扱いが変わる
凍った道で転んだのが、会社の敷地の中か外か。労災保険の扱いは、ここで分かれます。
厚生労働省の「労災保険給付の概要」によると、出勤して会社の建物や敷地にいる間は、始業の前でも休みの時間でも、会社の支配と管理のもとにいることになります。その間に私用でけがをしても業務災害にはなりませんが、建物や設備、管理のしかたがもとで起きたなら業務災害です。13だから、会社が管理する駐車場が凍っていて転んだなら、業務災害として扱われる余地があります。
門を出た先の道で転べば、通勤災害になりえます。通勤とは、住まいと職場の間を、合理的な経路と方法で行き来すること。途中で寄り道をすると、その間とその後は、原則として通勤から外れます。ただ、日用品の買い物のように、日常生活に必要な行為を最小限で済ませたなら、元の経路に戻ったあとは通勤に戻ります。14
会社が出す労働者死傷病報告は、労働災害のほか、仕事中や会社の敷地の中でけがをして休んだときに出すものです。15敷地の中の駐車場で転んで4日以上休んだなら、遅滞なく電子申請で報告します。裏を返せば、会社の外の道で起きた通勤中の転倒は、もともとこの報告に求められていません。冒頭の数字は、冬の朝に起きる転倒のすべてではない、ということです。
どちらにあたるかを決めるのは、労働基準監督署です。迷ったときは、所轄の監督署か社会保険労務士に相談してみてください。
11月のうちに整える段取り
雪の予報が出てから慌てないよう、次の5つは11月のうちに済ませておくと楽です。
- 出勤の時間帯に、駐車場から通用口まで歩き、滑りそうな場所を危険マップに書き込む。
- 融雪剤とスコップ、吸水マットを置く場所と、雪の朝にまく当番を決める。
- 前の晩に社内へ注意を送る合図を決める。大雪や低温の注意報が出たら送る、などです。
- 駐車場と通路の照明が点く時刻を、冬に出勤する時刻に合わせる。
- 更衣室とトイレ、休憩室に温度計を置き、事務所との差を測る。
11月に整えて、雪の前の晩と朝に動く。労務の担当者の冬の段取り作成: 編集部 / 出典: 東京労働局、秋田労働局、青森労働局、厚生労働省、政府広報オンライン
冬が始まったら、転んだ人やヒヤリとした人が出るたびに、日時と場所、その朝の天気を1行ずつ残します。数件たまれば、自社の危ない場所と時刻が、統計よりはっきり見えてくるはずです。
冬の朝の転倒は、駐車場から入口までの数十メートルに集まっていました。場所と時刻を先に決め、記録を残しておけば、春には「この冬、駐車場で転んだ人はいませんでした」と数字で報告できます。来年の担当者に、そのまま引き継げる仕事にもなるでしょう。
数字と法令、それぞれの資料は2026年10月30日に確認しました。数字のもとは、令和4年の全件の記録と、各地の労働局が令和7年に出した資料です。