社内でだれかが吐いたとき、総務が最初にすることは何でしょうか。片づけではありません。周りの人を離して、窓を開けることです。東京都健康安全研究センターが2007年にまとめた実験では、床から1mの高さで落とした擬似の嘔吐物が、半径2mほどまで飛び散りました。1
ノロウイルスの食中毒は11月ごろから増え始め、12月から翌年1月にピークを迎えやすくなります。厚生労働省のQ&Aが、月ごとの発生件数をもとに示している流れです。2
拭き取ったあとの消毒には、手指用のアルコールではなく、家庭用の塩素系漂白剤を薄めた液を使います。
そして、吐いた社員がいつから出社するか。法令で日数が決まっているわけではなく、医師の判断と会社の決まりで決めます。人を離す、塩素系で消毒する、出社の目安を決めておく。この3つを、流行が本格的になる前に総務の手順書にしておきませんか。
最初の5分は、人を離して窓を開ける
処理セットを1つの箱にまとめておくと、最初の5分で迷わないイラスト: 編集部が画像生成AIで作成したイメージ(YOBITSUGI AI・OpenAI gpt-image-2.5-sunburst)
だれかが吐いた直後は心配で、つい駆け寄りたくなりますよね。でも、しぶきは目に見えないところまで飛んでいます。同じ実験をまとめた報告は、処理する人の手やひざ、靴底に嘔吐物がつかないよう気をつけ、自分がうつらないことと、汚れをほかへ運ばないことに努めるよう書いています。1
東京都の社会福祉施設向けのマニュアルは、処理の手順の最初に、処理をする人のほかは近づかないことを挙げています。処理のあいだもそのあとも、窓を大きく開けるなどして換気し、換気扇のような設備があれば必ず動かします。3
職場なら、近くの席の人に声をかけてその場を離れてもらい、通路を通る人には少し遠回りをお願いします。
人手があるなら、役割を2つに分けると動きやすくなります。1人は処理、もう1人は吐いた本人の付き添いです。厚生労働省の高齢者介護施設向けのマニュアルにも、職員の1人が処理をし、別の職員が入所者に対応するよう役割を決めている施設の例が載っています。4
本人には、落ち着いたら帰宅して休むよう勧めます。ノロウイルスかどうかは、その場では分かりません。Q&Aにも、このウイルスによる病気かどうかは「臨床症状からだけでは特定できません」とあります。5受診するかどうかは本人が決めることで、迷うときは、かかりつけの医師や最寄りの保健所に相談できます。6
吐いた理由が食べすぎでも、ほかの病気でも、見た目では区別できません。だから床の処理は、ノロウイルスがいる前提の手順に決めておくと、毎回迷わずに済みます。
消毒は、アルコールではなく塩素系で
入り口に置いてある、手指用のアルコール。嘔吐物の消毒には、これでは足りません。
厚生労働省のQ&Aは、消毒用エタノールが一般的な感染症対策に使われることはあるとしたうえで、ノロウイルスを完全に失活化する方法として、次亜塩素酸ナトリウムや亜塩素酸水、加熱を挙げています。7こども家庭庁の保育所向けのガイドラインも、嘔吐物や排泄物を拭き取るときは、消毒用エタノールなどではなく、塩素系の消毒薬を使うとしています。8
次亜塩素酸ナトリウムは家庭用の塩素系漂白剤の主な成分です。業務用の消毒薬をそろえなくても、Q&Aには「家庭用の次亜塩素酸ナトリウムを含む塩素系漂白剤でも代用できます」とあります。7
ドラッグストアで買えるものから始められるのは、地味にうれしいところです。
手は石けんと流水で洗うのが基本です。石けんそのものにノロウイルスを失活化する力はありませんが、手の脂肪などの汚れを落として、ウイルスを手指から剥がれやすくします。アルコールは、すぐに手を洗えないときの補助という位置づけです。9
名前の似た「次亜塩素酸水」にも気をつけたいところです。保育所のガイドラインによると、次亜塩素酸ナトリウムとは別の物質で、次亜塩素酸ナトリウムを水で薄めても次亜塩素酸水にはなりません。8棚に並んでいる消毒液の表示を一度見ておくと、当日に取り違えずに済みます。
消毒液の量は、漂白剤の濃度で変わる
作る濃度は2つです。嘔吐物のあった床とその周りには0.1%、ドアノブや手すり、トイレの便座のように人の手が触れる場所には0.02%。東京都のマニュアルも保育所のガイドラインも、この2つを使い分けています。38
ppmで書いた資料もあり、0.1%は1,000ppm、0.02%は200ppmです。
原液の濃度が製品ごとに違うのも、少し厄介なところでしょう。東京都のマニュアルの表には、1%、6%、12%の製品の例が並んでいます。3製品の濃度は容器の表示かメーカーの案内で確認します。
| 製品の濃度 |
0.1%を1L作る |
0.02%を1L作る |
| 1% |
100mL |
20mL |
| 5% |
20mL |
4mL |
| 6% |
約17mL |
約3.3mL |
| 12% |
約8.3mL |
約1.7mL |
原液を量ってから水を足し、全体を1Lにするときの量で、製品の濃度と作りたい濃度から計算しました。表にない濃度なら、「作りたい量(mL)×作りたい濃度(%)÷製品の濃度(%)」で原液の量が出ます。ペットボトルのキャップ1杯は約5mLです。3
6%の製品で0.02%を1L作ると、原液はキャップに3分の2ほど。思ったより少ないですよね。量りにくいときは3L作ることにすれば、原液は約10mLになります。資料によっては「水1Lに対して約20mL」(6%の製品で0.1%)のように、丸めて書いたものもあります。8
次亜塩素酸ナトリウム液を1L作るときの原液の量と、2つの濃度の使い分け、作るときの注意作成: 編集部 / 出典: 東京都保健医療局・こども家庭庁・厚生労働省
嘔吐物を拭き取る手順
ここからは、東京都のマニュアルの手順を、職場の床に当てはめて並べます。3
- 使い捨ての手袋とマスク、エプロンを着ける
- 0.1%の消毒液を作る
- 嘔吐物を、使い捨ての布かペーパータオルで、外側から内側へ静かに拭い取る
- 拭いた布や紙を、すぐにビニール袋へ入れる
- 袋の中に、0.1%の消毒液を中身に染み込む程度に注ぐ
- 床とその周りを、0.1%の消毒液を染み込ませた布で覆うか、浸すように拭く
- 10分ほどたったら、水拭きする
- 手袋を裏返しながら外して袋に入れ、口を閉じる
- 石けんと流水で手を洗う
3の拭き取りでは、拭いた面を内側へ折り込みながら進めます。同じ面でこすると、汚れを広げてしまうからです。7の水拭きは次亜塩素酸ナトリウムが鉄などの金属を腐食させるため。机やいすの脚に液がかかったときも、同じように拭いておきます。3
6で拭く範囲は見える汚れより広めに取ります。冒頭の実験では、しぶきはカーペットで半径1.6〜1.8m、塩化ビニルの床で半径2.3mまで届き、2mほど飛んだ粒からも、混ぜておいた代わりのウイルスの活性が見つかりました。1
処理を後回しにしないことも大切です。Q&Aによると、ノロウイルスは乾くと空中に漂いやすく、それが口に入って感染することがあります。12日以上前に汚れたカーペットから感染が起きた例も知られています。10
処理を終えた人は、そのあと食べ物を扱う役から外れておくと心強いでしょう。東京都のマニュアルは「吐物処理後は、調理や配膳などに従事しない。」と書き、処理から48時間は感染していないか注意するよう呼びかけています。3
職場なら、来客へのお茶出しや差し入れの取り分けを、その日はほかの人に代わってもらえば十分です。
嘔吐物の処理の8つの手順と、しぶきが届く範囲、カーペットの床のときの注意作成: 編集部 / 出典: 東京都保健医療局・東京都健康安全研究センター・厚生労働省
処理が終わったら、同じフロアの人に短く知らせます。そのとき、吐いた人がだれか分かる書き方は避けます。体調のことは本人の大切な情報なので、「体調を崩した方」とだけ書けば足ります。
カーペットの床は、色落ちと熱を考える
床がカーペットだと、塩素系の消毒液を使ってよいか、少し迷うかもしれません。東京都のマニュアルはカーペットなどの色が変わる場合があると注意しています。3
色が抜けると困る場所なら、熱で処理する方法もあります。ノロウイルスを失活させるには、85℃で1分以上の加熱が必要です。3Q&Aも、すぐに洗濯できない布団などには、スチームアイロンや布団乾燥機を使うと効果的だとしています。11
ただ、カーペットで同じ温度を保つのは簡単ではありません。東京都健康安全研究センターが試したところ、濡らしたタオルの上からスチームアイロンを当てると、表面は20秒ほどで85℃に届きました。ところが、85℃を1分保つには、2分ほど当て続ける必要がありました。毛足の長いカーペットは3分当てても裏面が75℃ほどまでしか上がっていません。12
このやり方で広い範囲を回るとなると、正直なかなか大変です。
タイルカーペットなら、汚れた数枚をはがして取り替える手もあります。ビルの管理会社や内装の業者に、替えのタイルがあるかを冬の前に聞いておくと、当日に迷わずに済みます。
出社の日数を決めた法律はない
吐いた社員から「明日は出社していいですか」と聞かれたら、どう答えますか。
会社員がノロウイルスで何日休むかを一律に決めた法令は、確認した範囲では見当たりません。ノロウイルスによる胃腸炎は感染症法では「感染性胃腸炎」として五類に入ります。13感染症法には、決まった仕事に就くことを制限する就業制限の仕組みがありますが、その対象は一類から三類と新型インフルエンザ等感染症で、五類は含まれません。14子どもの出席停止を決めた学校保健安全法施行規則の一覧にも、ノロウイルスの名前は出てきません。15
では、何で決めるのか。答えは医師の判断と、会社の就業規則です。
決めるときの手がかりになる数字が、Q&Aに載っています。潜伏期間は24〜48時間で、吐き気や嘔吐、下痢などの症状はふつう1〜2日続いたあと治ります。16ところが、症状が消えても、ウイルスの排泄は通常1週間ほど、長いと1か月ほど続くことがあります。17
つまり、症状が消えた日に出社しても、ウイルスはまだ出ているかもしれません。だから、出社の日を決めるのと並んで、戻ってからの手洗いが大事になります。東京都のマニュアルも、施設の職員が業務に戻る目安をおう吐や下痢の症状が消えることとし、戻ったあとは手洗いを徹底するよう書いています。3
トイレのあとは石けんと流水で洗い、タオルは共用しない。職場でもそのまま使える習慣です。
就業規則に「陰性を確認してから出社」と書こうとしているなら、その前に知っておきたいことがあります。Q&Aによると、医療機関の抗原検査は、感染していても陽性にならないことがあり、「ノロウイルスに感染していないことを確かめることはできません」。健康保険が使えるのも、3歳未満や65歳以上の人などに限られます。5
陰性の結果を出社の条件にしても治ったことの証明にはならず、本人に検査の手間と費用を求めることになりかねません。
会社の判断で出社を控えてもらうなら、その日の賃金の扱いも決めておく必要があります。休むのが本人の療養か会社の判断かで扱いが変わる点は、インフルエンザの出勤停止と休業手当 誰の判断で休むかで扱いが変わるで詳しく扱っています。風邪やインフルエンザで休む目安なら、冬の体調管理と風邪予防の習慣 睡眠・食事の整え方と仕事を休む目安が参考になります。
食品に触れる仕事は、決まりが一段厳しい
社員食堂の調理や食品の製造、飲食店の仕事なら、話は変わります。
ノロウイルスは食中毒の原因としても大きな存在です。令和7年の食中毒の患者24,727人のうち、18,566人(75.1%)がノロウイルスによるものでした。18Q&Aによると、感染した人が扱った食品が汚れて原因になる例が多く、そのことが、原因の食品を特定しにくい理由にもなっています。19
食品衛生法施行規則は、食品を扱う人に吐き気やおう吐、下痢などの症状があるとき、営業者が症状の詳細をつかみ、医師の診察と作業の中止が必要かを判断するよう定めています。20給食施設などに向けた厚生労働省の大量調理施設衛生管理マニュアルは、さらに具体的です。下痢やおう吐の症状がある調理従事者は、すぐに医療機関を受診する。ノロウイルスと診断されたら、検便検査でノロウイルスを保有していないと確認されるまで、食品に直接触れる調理作業を控えるのが望ましい、という内容です。21
Q&Aも、症状がよくなったあとしばらくは、直接食品を扱う作業をさせないよう求めています。17
あなたの会社に、食品を扱う部署はありますか。あるなら、事務のフロアの手順とは別に、この決まりに沿った手順があるかを、先に確認しておきたいところです。
事務だけの職場でも、食べ物に触れる場面はありますよね。共用の冷蔵庫や、みんなで分けるお土産のお菓子。症状がおさまって間もない時期は、配る役をほかの人に任せてもらうと、本人も周りも気が楽です。
ノロウイルスにかかった人の仕事を、法令と公的な資料がどう扱うかと、職場での出社の決め方作成: 編集部 / 出典: e-Gov法令検索・厚生労働省・東京都保健医療局
冬が来る前に、処理セットと手順書を1つの箱へ
吐いた人が出てから、手袋はどこ、漂白剤はどこと探していては、最初の5分に間に合いません。
厚生労働省の高齢者介護施設向けのマニュアルは、必要なものをまとめた専用のふた付きの容器を、各フロアなどに用意しておく方法を紹介しています。4職場なら、フロアごとか、少なくとも給湯室やトイレの近くに1箱。中身は東京都のマニュアルが準備しておく物品として挙げるものに、職場で使いやすいものを少し足すと、次のようになります。3
箱の中の漂白剤は冷暗所に置きます。東京都南多摩保健所の案内によると、使用期限を過ぎた次亜塩素酸ナトリウムは、濃度が下がっている可能性があります。22年に一度、11月ごろに中身と期限を見直す日を決めておくと、入れ替えを忘れません。
手順書は、この記事の手順と早見表に、職場の事情を3つ足せば形になります。だれが処理をするか、箱がどこにあるか、処理のあとだれに知らせるか。
11月のうちに箱を置き、手順書を社内のチャットで共有しておく。それだけで、冬に何かあった日のフロアの動きは、ずいぶん落ち着くはずです。箱の数と置き場所、共有した日付を控えておけば、「冬の感染症対策として、処理セットを3か所に置きました」と、評価面談で数字を添えて話せる仕事にもなります。
記事の内容は、厚生労働省、こども家庭庁、東京都の公表資料と法令で、2026年10月29日に確認しました。体調や受診の判断は医師に、出社の扱いは会社の規程に従ってください。