14時の約束で、先方のビルの前に着いたのは13時35分でした。手袋もマフラーもコートも、身につけたままです。もう入ってよいのか、外で待つのか。受付では何と言うのか。初めて取引先を訪ねる日は、玄関に着く前から迷うことがいくつもあります。
訪問の作法は、法律や公的な決まりではなく慣習で、会社や業界によって違いがあります。玄関に着く前から帰るまでを、「一般的には」とされる形で順に追います。迷ったときは、同行する上司や先輩のやり方に合わせるのがいちばん確かです。
14時の約束の例で見る、前日から翌営業日までの訪問の流れ作成: 編集部 / 出典: 日本郵便の手土産の案内・文化庁「敬語の指針」
前日までに確かめておく5つのこと
当日に慌てる原因の多くは、前日に確かめられたことです。次の5つは、前日の夕方までに済ませます。
| 確かめること |
具体的には |
| 約束 |
日時、所要時間、来る人数、担当者の名前と部署。変更の連絡が来ていないか |
| 場所 |
住所、建物名、最寄り駅の出口、受付の階。大きなビルでは、1階の総合受付と先方の受付が別のことがある |
| 経路 |
乗り換えと所要時間。約束の時刻ではなく、受付に着きたい時刻から逆算する |
| 連絡先 |
担当者の携帯電話か、代表番号。遅れそうなときにすぐかけられるようにしておく |
| 持ち物 |
名刺と名刺入れ、資料、筆記用具、手土産、折りたたみ傘 |
名刺は、相手の人数に余裕を見て多めに入れておきます。先方が何人出てくるか分からないときは、特にそうです。名刺入れに残りが少ないと、受付に着く前から落ち着かなくなります。
手土産を持っていくかどうかは、訪問の目的で変わります。日本郵便の案内は、取引先へ手土産を持参する場面に「決められたものはありません」と書いています。選び方と渡し方は手土産の渡し方 ビジネスで取引先を訪問するときの選び方と添える言葉にまとめています。
受付に着くのは約束の5分前、建物に入るのは10分前以降
冒頭の13時35分は、約束の25分前です。このときは、建物に入らずに外で待つのが一般的です。先方は、約束の時刻に合わせて準備をしています。早すぎる到着は、相手の仕事を中断させたり、急がせたりしてしまいます。
14時の約束なら、時刻の目安は次の表のようになります。
| 時刻(14時の約束の場合) |
すること |
| 13時50分より前 |
建物の外か近くで待つ。カフェや駅の待合などで、資料と名刺を確かめる |
| 13時50分ごろ |
建物の前でコートなどを脱ぎ、身なりを整える。スマートフォンをマナーモードにする |
| 13時55分ごろ |
受付に着き、名乗る |
| 14時 |
応接室で、相手を待っている |
この時刻に公的な決まりはありません。「受付は5分前」「5〜10分前」など、案内によって幅があります。基準は、相手を待たせず、落ち着いて面談を始められるかどうかです。建物が大きく、受付からの移動に時間がかかるときは、少し早めに着いて構いません。
コート・手袋・マフラーは建物に入る前に脱ぐ
コートは、建物に入る前に脱ぐのが一般的です。外の汚れやほこり、雨や雪を、先方の室内に持ち込まないための気づかいです。手袋とマフラーも同じタイミングで外します。
脱いだコートは、次の手順でたたみます。
- 建物の入口の前(風除室に入る前)で、コートを脱ぐ。
- 外側を中にして、裏地が表に出るように半分に折る。外のほこりを、内側に包み込む形になる。
- もう一度、縦に折って腕にかける。手袋とマフラーは、バッグかコートのポケットに入れる。
- 髪、ネクタイ、襟、靴の汚れを整える。
雨の日は、傘の水を建物の外で払い、たたんで留めます。ビルの入口に傘袋があれば、それを使います。傘立てがあるときは、そこに立てるのが一般的ですが、他の人の傘と間違えやすいので、持ち手に目印をつけておくか、傘袋に入れて持ち込みます。濡れたコートは、外で水を軽く払ってから、裏返してたたみます。
受付での名乗り方 有人・電話・タブレット・無人
受付に着いたら、社名、名前、約束の相手と時刻を、ひと続きで伝えます。順番は、この4つです。
「申します」は、自分の動作を丁重に述べる言い方で、文化庁の「敬語の指針」では謙譲語Ⅱ(丁重語)にあたります。相手の部署や担当者に対して「伺います」と言うのは、謙譲語Ⅰで、訪問先の相手を立てる言い方です。受付では「お約束をいただいております」と言えば、丁寧に伝わります。
名乗ったあとは、受付の人の案内を待ちます。「こちらにお掛けください」と言われたら座り、何も言われなければ、ロビーの隅で立って待ちます。待つ間にスマートフォンを見続けるのは避けて、資料に目を通すくらいにとどめます。
受付に手土産を預けるのは避けます。日本郵便の案内は、訪問する際の手土産は「あいさつのあとすぐ」渡すとしています。受付の人に預けず、担当者に直接渡すのが一般的です。
受付が電話やタブレットのとき
最近は、受付に人がいない会社も増えています。入口に電話機やタブレットが置いてあるときは、掲示の案内に従います。
| 受付の形 |
手順 |
| 内線電話 |
受話器を取り、掲示された部署の番号を押す。つながったら社名・名前・約束の相手と時刻を伝える |
| タブレット |
画面の案内に沿って、担当者の部署か名前を選ぶ。来訪者の社名と名前を入力して呼び出す |
| 入館証のQRコード |
前日までに届いたメールのQRコードをかざす。メールは出発前に開けるようにしておく |
| 完全な無人 |
前日までに、担当者に入り方を確かめておく。当日に分からなければ、担当者の携帯電話に連絡する |
入館証を渡されたら、首からかけるか胸に付け、帰りに受付へ返します。名前や社名を書く受付票があるときは、読める字で書きます。
応接室では、勧められるまで立って待つ
担当者が迎えに来て応接室に通されたら、「失礼いたします」と言って入ります。席を勧められるまでは、座らずに立って待つのが一般的です。勧められなかったときは、出入口に近い席(下座)の側に立って待ちます。
席の考え方は短くひとつ
応接室の席次は、一般的には入口から遠い席が上座、近い席が下座です。訪問した側は下座に座るのが基本ですが、先方に上座を勧められることも多くあります。一度は「こちらでよろしいですか」と聞き返し、相手がもう一度勧めたら「失礼いたします」と言って座ります。
荷物は足元に、名刺と資料は手元に
席に着いたら、荷物の置き場所を決めます。
- バッグは、椅子やテーブルの上ではなく、足元に置く。床が汚れていそうなら、椅子の脇にそっと置く。
- コートは、たたんだまま自分の隣の椅子か、バッグの上に置く。相手の席の側には置かない。
- 名刺入れは、テーブルの端か、胸の高さで取り出せる位置に出しておく。
- 資料は、先方が来るまでテーブルに広げず、閉じたファイルのまま手元に置く。
出されたお茶は、相手が来てから
担当者が来る前にお茶が出されたときは、「ありがとうございます」と会釈をして、手は付けずに待ちます。面談が始まって、相手に「どうぞ」と勧められてから、「頂戴いたします」と言って口をつけるのが一般的です。全部飲み切る決まりはありません。お茶を出す習慣も、会社によって違います。お茶をどう出すかは、迎える側の視点で来客対応の流れ 受付・ご案内・お茶出しの言い方と準備にまとめています。
応接室の席の考え方と、荷物・コート・お茶のこうする・避ける作成: 編集部 / 出典: 編集部が一般的な慣習をまとめたもの
相手が入ってきたら立ち上がり、名刺と手土産の順に
ドアが開いたら、すぐ立ち上がって相手の正面を向きます。座ったまま挨拶を始めないことが大切です。ドアを開けて入ってくる相手には、まず「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」と言って軽く頭を下げます。
その後の流れは、次の順番が一般的です。
- 挨拶をする。「株式会社〇〇の山本と申します。本日はよろしくお願いいたします。」
- 名刺を交換する。訪問した側から先に差し出します。順番と渡し方は名刺交換のマナー 順番・渡し方・受け取り方と交換した後の扱いにまとめています。
- 手土産を渡す。日本郵便の案内は、訪問する際の手土産は「あいさつのあとすぐ」渡すとしています。名刺交換のあと、席に着く前に、紙袋から出し、正面を相手に向けて「心ばかりですが」と添えて両手で渡します。
- 相手に「どうぞ」と席を勧められてから座る。
上司と同行しているときは、名刺交換も手土産も、上司が先に行います。日本郵便の案内は、接待の場で上司が同席するなら、手土産を渡すのは上司の役目としています。部下は、準備と持ち運びを受け持ちます。
面談の終え方と、帰り際の挨拶
面談の終わりは、訪問した側から切り出すのが一般的です。予定の時間が近づいたら、話の区切りで言い出します。
切り出す前に、次の確認を済ませておくと、帰り際に慌てません。
- 次にやることと期限を、お互いに言葉にして確かめた。
- 受け取った名刺と資料を、忘れずに回収した。
- お茶に口をつけていたら、飲み残しを置いたまま立つ(片付けは先方に任せる)。
部屋を出るところからエレベーターまで
部屋を出る前に、荷物を持ち、コートは腕にかけたまま立ち上がります。ドアの前で「失礼いたします」と一礼します。相手が出口まで送ってくれるときは、その案内に従って歩きます。
エレベーターの前まで見送られたら、「こちらで失礼いたします」と挨拶をします。扉が開いたら先に乗り、相手のほうに向き直って、扉が閉まりきるまで会釈を続けます。見送りが玄関までのときは、玄関の前でもう一度「本日はありがとうございました」と一礼します。
コートを着るのは、建物を出てから
エレベーターの中や玄関の中で、コートを着たり、マフラーを巻いたりしません。先方の建物を出て、玄関の扉から離れた外で着ます。出てすぐに先方の建物に向かって一礼してから着る人もいます。入ったときと同じで、外の空気を室内に持ち込まず、見送る相手の視線を気にしなくてすむ形です。
遅れそうなときの連絡と、訪問後のお礼
遅れるとわかった時点で、電話をする
電車の遅延などで遅れそうなときは、遅れるとわかった時点で、すぐ担当者へ電話します。メールは見落とされることがあるので、時間が迫っているときは電話が確実です。
到着の見込みを具体的に伝えると、相手は次の予定を調整できます。遅れて受付に着いたときは、名乗る前に「遅くなり、申し訳ございません」と一言添えます。
お礼のメールは、その日のうちか翌営業日に
訪問のあとは、当日か翌営業日にお礼のメールを送ります。短くて構いません。
宛名と結びは、取引先に出すふつうのビジネスメールと同じです。
受付・応接室・帰り際・遅れそうなときの言い方の早見表作成: 編集部 / 出典: 文化庁「敬語の指針」・日本郵便の手土産の案内
明日の訪問の前に、カバンの中で確かめること
訪問の前日にこの一覧を見て、足りないものがないかを確かめます。
訪問は、準備の良し悪しがほとんどを決めます。名乗りの一文は、受付の前で言う練習をしていないと、緊張して社名を言い間違えがちです。前日の夜に、鏡の前で声に出しておくと、当日の最初の一言が楽になります。