業務マニュアルは、すべての仕事に作るものではありません。一人しか分からない、頻度が低くて忘れる、間違えると影響が大きい、期限がある。この4つのどれかに当てはまる業務から作ると、少ない本数で効果が出ます。
ここでは、業務の選び方、手順書に書く項目、手順の書き方、画面の写しの入れ方、置き場所、更新の決まりまでを、架空の「月末の請求書の発行」を見本にして順に説明します。対象は、ふだんから使う手順書です。異動や退職のときの引き継ぎは、引き継ぎ書の書き方 異動・退職のときに残す項目と後任への渡し方・期間で説明しています。
手順書にする業務は、4つの条件で選ぶ
手順書は、1本ごとに書く時間も、あとで直す手間もかかります。全部の業務を並べて、条件に当てはまるものから作ります。
| 条件 |
選ぶ理由 |
例 |
| 一人しか分からない |
休みや異動で止まる。聞ける人がいない |
月末の請求書の発行 |
| 頻度が低い |
前回のやり方を忘れる。年1回、四半期に1回の業務に多い |
年末調整の資料配布 |
| 間違えると影響が大きい |
お金、期限、個人情報が絡む。やり直しがきかない |
振込データの作成 |
| 期限がある |
遅れが他の人の仕事を止める |
入社日までのアカウント申請 |
選ぶときは、業務の棚卸しの表を1枚作ります。業務ごとに、担当、頻度、ほかに分かる人の数、間違えたときの影響、期限の有無を書き、当てはまる条件の数を数えます。次の表は架空の例です。
| 業務 |
担当 |
頻度 |
分かる人 |
間違えたときの影響 |
期限 |
当てはまる条件 |
順番 |
| 月末の請求書の発行 |
経理のAさん |
月1回 |
1人 |
大(請求の誤り) |
翌月5営業日 |
3つ |
1 |
| 入社時のアカウント申請 |
総務のBさん |
月0〜3回 |
1人 |
中(初日に業務ができない) |
入社日 |
3つ |
2 |
| 年末調整の資料配布 |
人事のCさん |
年1回 |
1人 |
大 |
11月中 |
4つ |
時期が近ければ先 |
| 備品の発注 |
総務のDさん |
週1回 |
3人 |
小 |
なし |
0〜1つ |
後回し |
| 郵便物の仕分け |
持ち回り |
毎日 |
5人 |
小 |
なし |
0つ |
作らない |
条件が3つ以上の業務は、先に作る価値があります。0〜1つで、複数の人が毎日のように回している業務は、実際にやって覚えるほうが早く、手順書は後回しでかまいません。
業務を分ける細かさは、厚生労働省の職業能力評価基準が参考になります。同省のページによると、この基準は、仕事をこなすために必要な「知識」と「技術・技能」に加えて、「成果につながる職務行動例」を、業種別、職種・職務別に整理したものです。平成14年度から、業種横断的な事務系職種などが整備されています。業界内の標準的な基準なので、各企業で適宜カスタマイズして使うよう案内されています。棚卸しの表の「業務」の欄を、職務の単位で切るときの見本になります。
手順書を作る意義は、中小企業庁の「経営者のための事業承継マニュアル」からも読み取れます。このマニュアルは、経営理念や取引先との人脈と並べて、従業員の技術・ノウハウを知的資産の例に挙げています。また、会社の「磨き上げ」の項目で、各部署の権限と役割を明確にして、業務がスムーズに進む運営体制を整えるよう勧めています。人の頭の中にある仕事を文書にすることは、その土台になります。
手順書の構成は10項目 見本の図で全体をつかむ
手順書の構成に決まった型はありません。ただ、一般的には次の10項目があれば、初めての人が迷わず進められます。書く順番も、この表のとおりが読みやすいです。
| 項目 |
書くこと |
書かないと起きること |
| 1 目的 |
何のために、何を完成させる作業か |
途中で何を優先すべきか判断できない |
| 2 対象 |
どの取引先、どの商品、どの範囲か |
対象外の案件にも同じ手順を使ってしまう |
| 3 頻度と期限 |
月1回、毎月5営業日まで、など |
期限に気づかない |
| 4 必要な権限と道具 |
システムの権限、ファイル、承認者 |
始めてから権限がなくて止まる |
| 5 手順 |
番号を付けた動作の並び |
順番を間違える |
| 6 判断の分かれ目 |
条件と行き先を表にする |
担当者ごとに答えが変わる |
| 7 例外 |
ふだんと違う案件の扱い |
例外のたびに前任者へ電話が来る |
| 8 よくある間違い |
過去の失敗と確認の方法 |
同じ失敗をくり返す |
| 9 問い合わせ先 |
手順書の担当者、システムの担当部署 |
困ったときに誰に聞くか分からない |
| 10 改訂履歴 |
いつ、誰が、何を直したか |
今の版が正しいか分からない |
手順書の10項目と、月末の請求書発行(架空)の書き方作成: 編集部 / 出典: 編集部が作成した例
図は、10項目を1枚にまとめた見本です。次の章では、この項目に沿って、架空の請求書発行の手順書を実際に書いてみます。
見本 月末の請求書の発行(架空の手順書)
架空の会社の経理が、月末の売上をもとに請求書を発行する手順書です。金額、人数、画面の名前は、すべて例です。会社のシステムに合わせて置き換えてください。
1 目的 月末締めの売上を請求書にして、翌月5営業日までに取引先へ送る。
2 対象 請求システムで発行する国内の取引先(約40社)。立替金の請求と海外の取引先は、対象外。
3 頻度と期限 月1回。翌月3営業日までに発行し、課長の承認を受けて、5営業日までに送る。
4 必要な権限と道具 請求システムの「発行担当」権限(総務に申請)。営業事務が月初に共有フォルダ「売上一覧」へ置く、当月のExcelファイル。承認者は経理課長。
5 手順
- 共有フォルダ「売上一覧」を開き、「売上一覧_当月.xlsx」があるか確認する。
- 請求システムにログインし、左のメニューから「請求書」、「一括作成」の順に押す。
- 「請求対象期間」に、当月1日と末日の日付を入力する。
- 「作成」を押す。
- 画面の下に出る「作成件数」が、売上一覧の取引先の数と同じか見比べる。
- 件数が違うときは、「判断の分かれ目」の表に進む。同じなら、手順7へ進む。
- 金額の列を、売上一覧の合計と見比べる。
- 100万円以上の請求書を選び、「承認依頼」を押す。
- 承認の連絡を待ち、「送付」を押す。
6 判断の分かれ目
| 条件 |
行き先 |
| 作成件数が売上一覧より少ない |
取引先マスタで「請求停止」が付いていないか確かめる。付いていれば営業事務に連絡する |
| 作成件数が売上一覧より多い |
前月の未送付分が混ざっている。「作成日」で絞り、前月分は送付済みか確認する |
| 金額が売上一覧と1円でも違う |
送付せず、営業事務に売上一覧を確認してもらう |
| 請求額が100万円以上 |
課長の承認を受けてから送る |
| 請求額が100万円未満 |
承認なしで送ってよい |
7 例外 月の途中で契約が終わった取引先は、日割りの金額を営業事務が売上一覧に入れる。請求システムでは直さない。取引先が紙の請求書を希望している場合は、PDFを印刷して郵送し、送付日を売上一覧のメモ欄に書く。
8 よくある間違い 前月分を再度送ってしまう。宛名の「御中」と「様」の付け間違い。発行日が月末になっていない。送付前に、画面の「発行日」を見る。
9 問い合わせ先 手順書について: 経理のAさん(内線123)。システムの権限: 総務のBさん(内線456)。
10 改訂履歴
| 版 |
日付 |
直した人 |
内容 |
| 1.0 |
2026年4月 |
A |
新規作成 |
| 1.1 |
2026年10月 |
A |
承認の基準を100万円以上に変更 |
入社のときのアカウントの申請でも、書き方は同じです。判断の分かれ目は「雇用形態が正社員か、アルバイトか」「配属がどの部署か」で、行き先が「付ける権限の種類」になります。権限の種類は情報システム部門が決めるため、手順書には「申請の様式の場所」と「誰に出すか」を書き、権限の中身までは書きません。
手順の書き方は、5つの決まりでそろえる
同じ内容でも、書き方で伝わり方が変わります。次の5つは、多くの手順書で使われている決まりです。
- 1つの手順に、1つの動作を書く。 「ログインして一括作成を押し、期間を入力する」は、3つの手順に分けます。
- 動詞で終わる文にする。 「押す」「入力する」「確認する」と書きます。「確認が必要」と書くと、誰が何をするのか分かりません。
- 画面の名前と数字を、画面の表示のとおりに書く。 メニューは「請求書」、ボタンは「一括作成」と、画面と同じ文字で書きます。「たぶん3営業日ごろ」ではなく、「3営業日まで」と書きます。
- 判断が入る所は、手順に書かず表にする。 手順の途中に条件を書き込むと、読む人が迷います。「手順6へ」と行き先を書いて、表に移します。
- 確認の動作には、何と何を見比べるかを書く。 「確認する」だけでなく、「作成件数と、売上一覧の取引先の数を見比べる」と書きます。
迷いやすいのは、担当者が当たり前だと思っていることです。自分では書くまでもない操作ほど、初めての人が止まります。ログインの方法、ファイルを開く場所、押したあとに画面が変わるまでの待ち時間も、一度は書いて確かめます。
画面の写しは、印・余白・個人情報の3つに気をつける
画面の写し(スクリーンショット)は、操作の手順に入れると、文章だけより迷いにくくなります。入れる場所は、画面の見た目が変わる所と、ボタンや入力欄を探しにくい所です。すべての手順に付ける必要はありません。
印の付け方 押す場所や入力する場所に、赤い枠か番号付きの丸を付けます。手順の番号と丸の番号を同じにすると、文と画像を行き来しやすくなります。1枚の画像に付ける印は、1〜2か所にとどめます。
写す範囲 画面全体ではなく、必要な部分を切り取ります。ただし、どの画面か分かるように、画面のタイトルや、メニューの一部は残します。ブラウザーのほかのタブ、ブックマーク、通知が写り込んでいないかも見ます。
個人情報とパスワード 取引先の名前、担当者のメールアドレス、住所、金額が写った画像は、そのままでは載せられません。一般的には、次の順で対応します。
- 練習用のダミーのデータを入れて撮る。
- ダミーを使えない画面は、該当の部分を黒く塗りつぶして、画像として書き出す。
- パスワードを入力する欄は、文字が見えない状態で撮る。ID、URLの中のトークン(認証に使う文字列)も写さない。
画面が変わったときの差し替え システムの画面は、更新で変わります。差し替えを楽にするため、画像のファイル名に、手順の番号と画面の名前を付けます(例: 手順2_請求書_一括作成.png)。手順書の最後に、画像の一覧と撮影日を載せておくと、どの画像が古いか分かります。文章のほうにも、画面の名前とボタンの名前を書いておくと、画像が古くなっても、文章で拾えます。
置き場所は1つ ファイル名と版の付け方
手順書が使われなくなる原因は、書いた内容より、どれが最新か分からなくなることにあるものです。次の3つを決めます。
- 最新版は、1か所に1つだけ置く。 共有フォルダなら、業務ごとに「手順書」フォルダを作り、その中に最新版だけを入れます。メールで添付して回したり、各自のパソコンに写したりしません。
- ファイル名は、日付を付けない固定の名前にする。 例: 「月末請求書発行_手順書.xlsx」。日付や版の数字は、ファイル名ではなく、手順書の中の改訂履歴に書きます。
- 古い版は、「旧版」フォルダへ移す。 更新のときに、旧版のファイル名へ日付を付けて移します。消さずに残すと、前の手順に戻したいときに使えます。
| 置き方 |
良い点 |
注意点 |
| 固定名で、最新版だけを置く |
開くファイルが1つで迷わない |
旧版は別に移す作業が要る |
| 日付や版をファイル名に付ける |
版の違いが見て分かる |
新旧が同じ場所に並び、古い版を開きやすい |
クラウドの文書サービスに版の履歴を残す機能があれば、固定名のまま履歴に任せられます。印刷して使う会社は、ページの下に版と更新日を載せて、古い紙を机に置かないよう決めておきます。
更新の決まりは、担当・時期・新人に使わせることの3つ
手順書は、作った日から古くなります。更新を担当者の気持ちに任せると、止まります。仕組みにするために、次の3つを決めます。
担当 手順書ごとに、業務の担当者(書いて直す人)と、確認者(内容が合っているか見る人)を決めます。確認者は、上司か、後任になる人にすると、内容と書き方の両方を見られます。担当者が異動するときは、手順書の担当者の欄を書き換えます。
時期 更新の時期は、次の3つを決めておくのが一般的です。
| きっかけ |
例 |
更新のタイミング |
| 制度の改正 |
法改正で様式が変わる |
施行日の前に直す |
| システムの変更 |
画面やメニューの名前が変わる |
変更の通知を受けたら、変更の日までに直す |
| 年1回の見直し |
業務が一巡したあと |
担当者と確認者が見直し日を決めておく |
システムの変更は、情報システムの担当から事前に知らせてもらう流れを作っておくと、画面の写しが古いまま残らずにすみます。改訂したことを関係者に知らせる文は、社内のお知らせ文の書き方 読まれる件名と構成・すぐ使える文例の件名の付け方が使えます。
新人に使わせて直す 新しく担当になった人は、手順書の最初の本当の利用者です。つまずいた所と質問した所を、その場で手順書に書き足してもらいます。書いた本人は気づけない抜けを、いちばん早く見つけられます。
手順書の作成から更新までの6段階と、更新のきっかけ作成: 編集部 / 出典: 編集部が作成した例
作ったあとは、別の人に手順書だけでやってもらう
書き終えた手順書は、書いた本人には読めてしまいます。確かめるには、その業務を知らない人に、手順書だけを見てやってもらうのが確実です。
進め方は、次のとおりです。
- 練習用のデータか、前月分の処理で行う。本番のデータは使わない。
- 書いた人は横で黙って見る。質問されても、その場では答えない。
- 止まった所、質問が出た所、想定と違う動きをした所に印を付ける。
- 終わったあと、印を付けた所を手順書に書き足す。
- 直した版で、もう一度別の人に試してもらう。
最初の1本の進め方 選ぶ、書く、試す、置く
最初から全部の業務を手順書にしようとすると、止まります。次の順で、まず1本だけ作ります。
- 棚卸しの表を作り、条件が3つ以上の業務から1つ選ぶ。
- 実際にその業務をやりながら、動作と画面を書き取る。写しはこのときに撮る。
- 10項目に整理し、判断の分かれ目と例外を表にする。
- 別の人に、手順書だけでやってもらい、止まった所を直す。
- 最新版を1か所に置き、担当者、確認者、見直しの時期を、改訂履歴の近くに書く。
1本できたら、それが社内の見本になります。2本目からは、項目の並びと表の形をそのまま使って書き始められます。