異動や退職が決まると、まず頭に浮かぶのは「何を残せばいいのか」ではないでしょうか。引き継ぎ書は、後任が明日から迷わず動くための地図です。書き方や期間に公的な決まりはなく、会社ごとの慣習で進みます。この記事では、書く項目、段取り、渡し方を順に整理します。
引き継ぎ書とは何か 決まりはあるのか
引き継ぎ書は、自分の仕事を後任に渡すための書類です。業務の中身だけでなく、誰に聞くか、どこに何があるか、どこでつまずきやすいかを残します。
書き方に法律の決まりはありません。会社に様式があれば、それに従います。無いときは、上司と相談して形を決めます。
引き継ぎの期間も同じで、一般的には会社の決まりと上司の判断で決まります。次の節の項目と、後の節の考え方を、自分の職場に合わせて使ってください。
引き継ぎ書に書く項目の一覧
項目は大きく、仕事の中身・人とつながり・道具と置き場所・注意点の 4 つに分けると、抜けを防げます。
引き継ぎ書に書く項目の早見表。仕事・人・道具・注意点の4区画作成: 編集部 / もとの資料: 個人情報保護委員会 ガイドライン(通則編)
図の項目を表にすると、次のとおりです。
| 区画 |
項目 |
書くこと |
| 仕事の中身 |
業務の一覧 |
業務の名前、目的、何の書類や結果ができるか |
| 仕事の中身 |
頻度と時期 |
毎日・毎週・月末・年 1 回と、締切 |
| 仕事の中身 |
手順書の場所 |
手順書の置き場所。無ければ今回作る |
| 仕事の中身 |
進行中の案件 |
いまの状況、次にやること、期限 |
| 人とつながり |
関係者と連絡先 |
社内・取引先・外部の窓口と、頼み方 |
| 人とつながり |
よくある問い合わせ |
誰から何が来て、どう返しているか |
| 道具と置き場所 |
使うシステムと権限 |
システムの名前と必要な権限(IDは書かない) |
| 道具と置き場所 |
ファイルの場所 |
フォルダの階層、名前の付け方、保存期間 |
| 道具と置き場所 |
紙の書類・貸与品 |
保管場所、鍵、押印の扱い |
| 注意点 |
過去のつまずきと例外 |
起きたミスと防ぐ確認、決まりに無い対応と理由 |
業務の一覧は「やめる仕事」まで書く
土台になるのは業務の一覧です。ここが抜けると、後任は「そんな仕事があったのか」と、半年後に気づくことになります。
月に 1 回しかしない仕事や、頼まれて続けているだけの仕事は、書き忘れやすい部分です。やめてよい仕事は、上司に確かめたうえで、「やめる」と別に書いておきます。
手順書は「画面の写し」と「判断の理由」をつける
手順を書くときは、画面の写しと、迷いやすい判断の理由をつけると伝わります。「ここを押す」だけでなく、「金額が違ったら経理に確かめる」のように、分かれ道を書いておきます。
手順書が既にあるなら、新しく書かずに、置き場所と最終更新日を引き継ぎ書に書けば足ります。
作り方の段取り 棚卸しから確認まで
引き継ぎは、棚卸し、書く、後任と一緒にやる、確認する、の 4 つの段階で進めます。
引き継ぎの段取り。棚卸し、書く、一緒にやる、確認する作成: 編集部 / もとの資料: 民法 第627条(e-Gov法令検索)
1 棚卸し 1 年の仕事を書き出す
最初に、1 年の仕事をすべて書き出します。頭の中だけで思い出すと、年に 1 回の仕事が抜けます。カレンダー、送信済みのメール、共有フォルダの更新日を見ながら、頻度と時期を付けます。
この段階で、上司と一緒に、誰に何を渡すかを決めます。仕事を複数の人に分けるときは、分け方を一覧にします。
2 書く 業務の一覧から埋める
書くときは、業務の一覧から埋めます。全部を完璧に書こうとせず、まず一覧、次に頻度と時期、手順書の場所、関係者の順にそろえます。
書き終えたら、上司に見てもらいます。自分では当たり前のことほど、書き忘れるからです。
3 後任と一緒にやる 見せて、やってもらう
書いた引き継ぎ書だけでは、仕事は渡りません。後任と一緒に実際にやってみて、分かりにくいところを書き足します。
進め方は、まず自分がやって見せて、次に後任がやるのを横で見ます。この順番にすると、後任が自分の言葉でメモを作れます。
4 確認する チェックリストで抜けを見る
最後に、チェックリストで抜けを確かめます。
後任と一緒に進める期間の考え方
期間に公的な決まりはなく、一般的には会社の決まりと上司の判断で決まります。決め方の考え方は、日数でなく、仕事が一巡するかで決めることです。
たとえば、月末に締める仕事があるのに、月の半ばで引き継ぎを終えると、後任は月末を 1 人で初めて迎えます。月次を 1 回は一緒に回せる期間があると、安心です。
次の表は、編集部が考えた目安の例です。法令や公式の基準ではありません。
| 仕事の性質 |
一緒に進める期間の例(編集部の目安) |
考え方 |
| 毎日・毎週の定型が中心 |
1〜2 週間 |
1 回は見せて、1 回は後任がやる |
| 月次の締めを含む |
月次を 1 回は一緒に回す期間 |
月末や締め日をまたぐ |
| 年 1 回の業務がある |
時期が近いものだけ一緒に |
残りは手順書と相談先で補う |
| 取引先や案件が多い |
1〜2 か月 |
あいさつと同行の回数で決める |
退職の申し出と期間の関係
期間の定めのない雇用では、民法627条により、解約の申し入れから 2 週間で雇用は終わります(e-Gov法令検索・2026年10月時点)。一方、就業規則で「1 か月前までに申し出る」など申し出の時期を決めている会社もあります。
法律と就業規則の関係で迷うときは、社会保険労務士や労働局の総合労働相談コーナーなどに確かめてください。引き継ぎの期間を言い訳に、辞められないと思い込む必要はありません。一方で、後任が困らないよう、早めに伝えると進めやすくなります。
渡し方 説明の会・同行・確認のチェックリスト
引き継ぎ書を作ったら、3 つの方法で渡します。
| 方法 |
やること |
向いている場面 |
| 説明の会 |
後任と上司を集め、引き継ぎ書を見ながら全体を説明する |
最初に全体像を渡すとき |
| 同行・同席 |
取引先との打ち合わせや、社内の会議に一緒に出る |
人と人のつながりを渡すとき |
| 確認のチェックリスト |
最後に抜けを一つずつ確かめる |
最終日の前 |
説明の会は短く、目的を決めて開く
説明の会は、1 回で全部を話そうとせず、業務の一覧、人、道具の 3 つに分けて開くと、聞きやすくなります。会の最後に、後任から質問を集めて、引き継ぎ書に書き足します。
引き継ぎ書のひな形の例
そのまま使える表の形です。会社の様式があるときは、そちらを優先します。
取引先への挨拶との関係
取引先がある仕事では、引き継ぎ書とは別に、取引先への連絡が必要です。一般的には、後任が決まった時点で、前任が上司と相談して、あいさつの時期と順番を決めます。
メールだけで済ませる相手と、同行して引き合わせる相手を、引き継ぎ書に分けて書いておくと、後任が迷いません。あいさつの文面は、退職のあいさつメールの例文と異動のあいさつメールの例文を参考にしてください。
パスワードや権限の引き継ぎで気をつけること
引き継ぎ書に、パスワードや個人情報の中身は書きません。紙に書いたり、共有フォルダに置いたりすると、後から誰でも見られる状態になるおそれがあるからです。
個人情報保護委員会のガイドライン(通則編)は、個人データを取り扱う従業者に対して、事業者が必要かつ適切な監督をすること、秘密保持に関する事項を就業規則等に盛り込む例を示しています(2026年10月時点)。会社の持ち出しの決まりに従い、顧客名簿や資料を、私物のパソコンやメールに移してはいけません。
権限は、本人同士で受け渡さず、会社の情報システムの担当に依頼して付け替えてもらいます。システムの管理の考え方は、情シスの仕事の範囲です。引き継ぎ書には、「どのシステムを、どの権限で使うか」までを書きます。
育児休業に入るときの業務の分担
育児休業は、育児・介護休業法に基づき、条件を満たす労働者が申し出て取る制度です(e-Gov法令検索・2026年10月時点)。休業の前に、業務を誰にどう分けるかを決める点は、退職や異動と同じです。
違うのは、戻ってきたときに仕事が戻ることです。休業中の分担は、「誰が」「いつまで」を引き継ぎ書に書き、復帰の時期に、渡した仕事を返すか決めておきます。
よくある質問
引き継ぎ書は、いつから書き始めればよいですか。
異動や退職が決まったら、すぐ棚卸しを始めます。仕事を書き出すだけでも、時間がかかるからです。
後任が決まっていないときは、どうしますか。
後任を待たず、引き継ぎ書を先に書いておきます。上司に、確認の相手を決めてもらうと、あとで渡しやすくなります。
書ききれない仕事は、どうしますか。
全部を完璧に書こうとしないことです。頻度が高く、間違うと影響が大きい仕事から書き、残りは、相談先と置き場所を書いておきます。
今日からできること
- 今週の仕事と、今月・今年の仕事を、カレンダーを見ながら書き出す。
- 業務の一覧に、頻度と時期を付ける。
- 手順書が無い仕事に、まず 3 行のメモを作る。
- 上司に、後任と引き継ぎに使える日を確かめる。
- システムの権限の切り替えを、情報システムの担当に早めに伝える。