エンジニアに専門業務型裁量労働制を使いたい、と相談されたとき、労務担当が先に確かめるのは3つです。仕事が対象業務に当たるか、労使協定と本人の同意をどう整えるか、長時間にならないよう健康をどう守るか、です。この記事は、2026年10月24日時点の厚生労働省の解説・Q&A・様式と、e-Govの法令で確かめた内容をもとに、導入の手続きを順に説明します。
IT企業の労務の全体像はIT企業のバックオフィス リモートワークの労務・入退社・SaaSの管理にまとめています。この記事は、その中の裁量労働制の節を、導入の手続きまで掘り下げたものです。
専門業務型裁量労働制は何を決める制度か
この制度は、実際に働いた時間にかかわらず、労使協定で定めた時間を働いたものとみなす制度です(労働基準法38条の3)。仕事の進め方や時間配分を会社が細かく指示しにくい業務だけが対象で、その業務は省令と告示で決まっています。
導入すると、労働時間の計算が変わります。一方で、残るものもあります。
| 項目 |
裁量労働制を使ったとき |
| 労働時間の計算 |
実労働時間ではなく、協定で定めた1日のみなし労働時間 |
| 法定労働時間を超えるみなし時間 |
36協定の締結と届け出が必要。超えた部分の割増賃金も必要 |
| 深夜(22時から5時)の労働 |
みなし時間ではなく、実際に働いた時間で割増賃金(2割5分以上) |
| 休日の労働 |
休日労働の規定は適用される。実際に働いた時間に応じて割増賃金 |
| 休憩・年次有給休暇 |
そのまま適用される |
| 妊産婦 |
請求があれば、実際の労働時間が1日8時間・1週40時間を超えないようにする |
| 労働時間の状況の把握 |
労働安全衛生法で義務のまま |
たとえば所定労働時間が8時間で、みなし労働時間を9時間にした場合です。法定労働時間を超える1時間分は時間外労働になります。36協定の締結と届け出、割増賃金の支払いが必要です。36協定は36協定の書き方と届け出、割増率は割増賃金とは 時間外・深夜・休日の割増率と残業代の計算例で確かめられます。
IT職の対象業務 どこまでが「分析又は設計」か
対象業務は、施行規則24条の2の2第2項の5つと、厚生労働大臣が告示で指定する15の、合わせて20です。IT企業が主に見るのは、次の2つです。
| 業務 |
厚生労働省の解説による範囲 |
| 情報処理システムの分析又は設計の業務 |
ニーズの把握やユーザーの業務分析にもとづく最適な処理方法の決定と機種の選定、入出力設計や処理手順の設計などアプリケーション・システムの設計、機械構成の細部やソフトウェアの決定、稼働後のシステムの評価・問題点の発見・改善 |
| システムコンサルタントの業務 |
情報処理システムを活用するための問題点の把握と、活用する方法の考案・助言 |
解説は、はっきり書いています。プログラムの設計又は作成を行うプログラマーは、情報処理システムの分析又は設計の業務に含まれません。システムコンサルタントの業務についても、アプリケーションの設計や開発、データベースの設計や構築は、システムコンサルタントではなく、分析又は設計の業務に含まれるものとして整理されています。
ゲーム用ソフトウェアの創作も対象業務の一つです。ただし、専ら他人の具体的な指示にもとづく、裁量権のないプログラミングを行う人は含まれません。
職種名でなく、仕事の中身と裁量で見る
対象業務に当たっても、次の場合は専門業務型裁量労働制を適用できません。解説が挙げる例です。
- 数人のプロジェクトチームで、チーフの管理の下で業務の進め方や時間配分が決まる人
- 研究開発を補助する助手やプログラマーなど
- 対象業務と、まったく異なる業務を混ぜて行うことが予定されている場合(非対象業務が短時間でも)
- 始業時刻か終業時刻の、どちらか一方でも会社から指示される業務
業務量が過大だったり、期限の設定が不適切だったりすると、時間配分の裁量が事実上なくなることがあります。裁量がないと認められると、労働時間のみなしの効果は生じません。
2024年4月の改正で対象業務に加わったのは、銀行又は証券会社における、顧客の合併及び買収に関する調査・分析と、これにもとづく考案・助言の業務(M&Aアドバイザー)です。IT企業のエンジニアには関係しませんが、20業務の数え方が変わった点として覚えておくと、古い資料との違いが分かります。
導入の手順 協定、規程、届け出、同意の順に進める
厚生労働省の解説は、導入を5つの段階で示しています。次の図は、その流れに準備の段階を足したものです。濃い札が、2024年4月1日から加わった手続きです。
専門業務型裁量労働制の導入を、準備から有効期間の満了まで7つに分けた図作成: 編集部 / もとの資料: 厚生労働省「専門業務型裁量労働制の解説」
進め方の目安として、編集部が例を組みました。法令が決めた期間ではなく、社内の段取りの一例です。
| 時期の例 |
やること |
担当の例 |
| 適用開始の3か月前ごろ |
対象業務の確認、対象層の賃金水準の資料づくり、賃金・評価制度の案 |
労務・人事・現場の責任者 |
| 2か月前ごろ |
過半数組合または過半数代表者への説明と協議、協定の文案づくり |
労務 |
| 1か月前ごろ |
協定の締結、就業規則の整備、協定届の届け出 |
労務 |
| 適用開始の前 |
対象者への説明会、同意書の回収、管理者への教育 |
労務・現場の責任者 |
| 適用開始後 |
労働時間の状況の把握、面談、苦情・撤回への対応、記録の保存 |
労務・産業医 |
労使協定で定める10項目
協定は、事業場に労働者の過半数で組織する労働組合があればその組合と、なければ労働者の過半数を代表する者との書面による協定です。過半数代表者は、管理監督者ではないこと、協定をする者を選ぶことを明らかにして行う投票や挙手などで選ばれた者であること、使用者の意向で選ばれた者ではないことが必要です(施行規則6条の2)。協定は、作業場への掲示などで労働者に周知します。
定める項目は10です。1から5は労働基準法38条の3に、6から10は施行規則24条の2の2に定められ、このうち6から10が2024年4月1日からの追加です。
労使協定で定める10項目と、協定届の欄の対応を並べた早見表作成: 編集部 / もとの資料: 厚生労働省「専門業務型裁量労働制の解説」・様式第13号
リーフレットは、すでに協定を結んでいる会社でも、2024年4月1日以降は改めて協定をし直す必要があるとしています。
みなし労働時間は、1日の時間数で決める
みなし労働時間は、1日についての時間数を具体的に決めます。1週間や1か月の単位では協定できません。実労働時間と一致させる必要はなく、所定労働時間や、所定労働時間に一定の時間を足した時間にすることもできます。
ただし、その水準は、対象業務の内容と賃金・評価制度を考えて適切にし、手当の支給や基本給の引き上げなどで相応の処遇を確保することが求められます。所定労働時間相当では明らかに処理できない量の業務を与えながら、処遇を確保しないことは、制度の趣旨に合わないと解説は示しています。
対象の労働者は、労使で協議して決める
対象にできる労働者の範囲は、労使で十分に協議することが望ましいとされています。対象の業務を適切に行う知識・経験があるかを判断するため、会社は過半数組合等に、その企業の賃金水準(賃金・手当の支給状況を含む)を示すことが望ましいとされます。適用する賃金・評価制度の内容も、協議の前に説明します。
有効期間は3年以内が望ましく、自動更新はできない
協定には有効期間を定めます。3年以内とすることが望ましいとされ、自動更新を定めることは認められません。満了したら、再び協定を結びます。見直すときは、適用労働者の賃金水準や特別手当の支給状況、評価結果などの運用状況を過半数組合等に開示することが適当とされています。個人が特定されないよう、プライバシーに配慮します。
記録は労働者ごとに、有効期間中と満了後3年間
保存するのは、労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況、苦情処理措置の実施状況、同意と同意の撤回の、4つの記録です。施行規則の本文は「5年間」ですが、附則71条が当分の間「3年間」と読み替えるため、現在は有効期間中と満了後3年間です。書面でも電磁的記録でもかまいません。
協定届(様式第13号)を所轄の労働基準監督署へ届け出る
協定は、様式第13号により、所轄の労働基準監督署長に届け出ます(施行規則24条の2の2第4項)。厚生労働省の記入例にある主な欄は、次のとおりです。
- 協定の成立年月日、協定の当事者(労働組合の名称、または過半数代表者の職名・氏名と選出方法)
- 過半数代表者の要件を確かめる2つのチェック欄(労働組合が当事者のときは、一方は不要)
- 事業の種類・名称・所在地、協定の有効期間
- 業務の種類(20業務の番号)、業務の内容、該当労働者数
- 1日の所定労働時間、協定で定める1日のみなし労働時間
- 健康・福祉確保措置の番号と具体的内容、労働時間の状況の把握方法、苦情の処理に関する措置
- 具体的な指示をしないこと、同意と不利益取扱いの禁止、記録の保存の協定の有無、同意の撤回の手続
- 時間外労働に関する協定の届出年月日
様式の記載心得は、チェック欄に印がなければ、要件を満たしていても形式上の要件に合わないとしています。また、過半数代表者の要件を満たさない場合は、有効な協定にならないとも書いています。
就業規則を作成・変更したときは、常時10人以上の労働者を使用する事業場なら、過半数組合等の意見書を添えて、所轄の労働基準監督署に届け出ます。協定届と一緒に出すことが考えられる、と解説は示しています。
本人の同意 説明のしかたと撤回の手続
2024年4月1日から、労働者に専門業務型裁量労働制を適用するには、労働者本人の同意を得る必要があります。
同意を得る前に説明すること
解説は、次の3つを明示して説明したうえで同意を得ることが適切だとしています。
- 対象業務の内容や協定の有効期間など、制度の概要(みなし労働時間を含む)
- 同意した場合に適用される賃金・評価制度の内容
- 同意しなかった場合の配置と処遇
「みなし労働時間を含む」とは、実際の労働時間にかかわらず、その時間数を働いたものとみなされることまで説明するという意味です(Q&A 1-1)。書面や電子メールで明示するだけでは足りず、質疑応答ができる形での説明が必要です。Q&Aは、説明会や、説明動画と質問の機会を組み合わせる方法を例に挙げています。
同意の取り方
- 労働者ごと、かつ協定の有効期間ごとに得ます。就業規則による包括的な同意は、個別の同意に当たりません。
- 書面のほか、電子メールや社内イントラネットなど電磁的記録でも得られます。口頭だけでなく、記録に残る方法にします。
- 誤った説明をしたまま同意に至った場合などは、同意が自由な意思によるものと認められず、労働時間のみなしの効果が生じないことがあります。
厚生労働省の解説には、同意の書面と説明書のイメージも載っています。説明書には、対象業務、みなし労働時間、健康確保の措置、苦情の窓口、同意した場合としなかった場合の賃金・評価制度、不利益取扱いがないこと、撤回できることを入れる形です。
同意しなかった人、撤回した人を不利益に扱わない
同意しなかった労働者に、解雇や賃金の減額、降格などの不利益な取扱いをしてはなりません。同意を撤回した人も同じです。
撤回の手続は、撤回できることを前提に、申出先の部署と担当者、申出の方法を決めて協定に書きます。撤回後の配置と処遇、またはその決め方も、前もって協定で定めておくことが望ましいとされています。
健康・福祉確保措置と苦情処理措置
協定には、労働時間の状況に応じて会社が行う健康・福祉確保措置と、苦情処理措置の具体的な内容を書きます。
選び方は、協定届の記載心得と厚生労働省の解説に、10の措置として示されています。全員を対象にする①から④のうち1つ以上、個人の状況に応じて行う⑤から⑩のうち1つ以上を実施することが望ましく、なかでも③は、把握した勤務状況と健康状態を踏まえて実施することが望ましいとされています。
健康・福祉確保措置の10の選択肢と、数字の目安をまとめた図作成: 編集部 / もとの資料: 厚生労働省「専門業務型裁量労働制の解説」・Q&A
数字の扱いに注意が必要な点が2つあります。
- ③で「一定時間」を超えたら制度の適用を外す場合、その時間数は長くとも、時間外・休日労働が月100時間未満、2か月から6か月の平均で80時間以内の範囲で決めます(Q&A 3-6)。
- ⑤の面接指導は、労働安全衛生法による面接指導と同じ内容を設定するのは不適切とされます。「一定時間」を月80時間にすることは認められません。
一定期間だけ適用を外し、期間の後に再び適用することも協定できます。その場合、再び適用するときは、改めて本人の同意を得ます(Q&A 3-7、3-8)。
苦情処理措置の決め方
窓口と担当者、取り扱う苦情の範囲、処理の手順・方法を具体的にします。人事担当者以外を窓口にするなど、申し出やすい工夫が望ましいとされ、苦情に至らない運用上の問題も相談できる体制を整えることが勧められています。同意を得るときは、苦情の申出先と方法も書面で示します。
労働時間の状況の把握と医師の面接指導
裁量労働制でも、労働安全衛生法66条の8の3により、労働時間の状況の把握は義務のままです。方法は、タイムカードやパソコンの使用時間の記録など客観的な方法その他の適切な方法です(労働安全衛生規則52条の7の3)。記録は3年間保存します。
自己申告のみでの把握は、原則として認められません。事業場外に直行直帰する場合でも、社内システムへのアクセス記録などで把握できるなら、自己申告だけにはできません。リモートワークが多いIT企業は、ログインとログアウトの記録など、客観的な記録の取り方を決めておきます。
面接指導は、休憩時間を除き週40時間を超えて働いた時間が月80時間を超え、かつ疲労の蓄積が認められる労働者が、申し出たときに行います(労働安全衛生規則52条の2、52条の3)。会社は、80時間を超えた労働者に、その時間の情報を速やかに通知します。解説は、裁量労働制の適用労働者についても、この面接指導の実施は義務だと示しています。産業医には、面接指導の後の措置の内容や、月80時間を超えた労働者の情報を提供します。
運用が始まってから見直すこと
導入して終わりにせず、次の点を定期的に見ます。
- 実際の業務が対象業務のままか。担当が変わってプログラミング中心になっていないか。
- 時間配分の裁量が残っているか。業務量と期限が適切か。上司に、制度の趣旨と、業務量・期限の設定の考え方を教育する。
- 労働時間の状況が、協定で決めた基準を超えていないか。超えたときの措置(適用の解除、面接指導など)を実際に動かしたか。
- 同意と撤回の記録、健康確保措置と苦情処理の実施状況の記録がそろっているか。
- 有効期間の満了前に、再協定と再同意の日程を組んでいるか。
なお、国では2026年10月23日に、労働政策審議会の労働条件分科会が裁量労働制の論点を議論しましたが、結論は出ていません。経過はバックオフィスの国の情報まとめ 2026年10月23日にあります。今の手続きは、この記事のとおりです。
今日からできること
自社の協定の文案や、対象に当たるかの判断に迷うときは、所轄の労働基準監督署か社会保険労務士に確かめてください。この記事は、2026年10月24日時点の制度で書いています。